2012年7月16日月曜日

達磨寺 九重石塔


灯籠や五輪等台石を九重に重ねて塔にしたもの。
場所を移動しており、塔の地下には石室を作って、一字一石経が大量に奉納されていた。

確かにこの塔、石がいびつである。

達磨寺中興記石幢



本堂の北側にある高さ約180cmの八角形の石幢で、重要文化財に指定されています。
達磨寺の中興を成し遂げた南峯和尚が、南禅寺の惟肖和尚に頼んで永享7年に記してもらった達磨寺中興記を、南峯和尚が一文を添えて石幢としたのがこの中興記幢です

2012年7月14日土曜日

達磨寺 古墳

達磨寺には数基の古墳が存在する。
1号分と2号分ですが、6世紀末頃のもので、横穴式です。
本堂の地下にも存在するのだが、達磨大師の墓所であると言われている。



片岡山達磨寺



今日は王寺の達磨寺へ。
ここは聖徳太子ゆかりの寺で、境内に古墳や、遺跡が沢山存在します。
とにかくわくわくする寺でした。

2012年7月7日土曜日

塚穴古墳

河内長野にある古墳ですが、少々曰く因縁のある古墳です。

説明版には、こう書かれています。
「塚穴古墳は横穴式の石室を持つ古墳です。
しかし、この石室は古墳時代に造られたものが、そのまま残っているわけではありません。
昭和61年に市教育委員会によって行われた調査で、この石室が近世に壊され再度組み直されたものであることがわかりました。
石室の石材ををよく見るとその頃につけられた、石を割るためのクサビの痕を見ることができます。
平成8年には、同じく市教育委員会によって石室内部の詳しい調査が行われました。
石室内部に堆積していた土砂を取り除くと、床面に穴を掘って埋められている甕が4基見つかりました。
これらの甕のうち3基には人の火葬骨が納められていました。
内部に堆積していた土砂の中からは、五輪塔や宝篋印塔などの石造物が多く出土し、土器や陶磁器に混じって、永楽通宝や寛永通宝などの銅銭も出土しました。
石造物に刻まれていた年号と寛永通宝から、これらの遺物は江戸時代のものと考えられます。
これらの調査結果から塚穴古墳石室は江戸時代に組み直されたあと、内部を墓地として使っていたものと考えられます。
地元の伝承には大阪城築城の際に古墳の石材を運ぼうとしたところ、何らかの事情により元の場所に戻した、というものがあります。」

またこの古墳には怪奇現象があるとかで、大阪城の築城の時に、周辺の古墳の石や、お地蔵さんまで使って石垣にしたとの事。
その時、この古墳の石室の石を使おうと運び出した所、怪奇現象が起こって、あわてて元に戻し石室を作り直したという話。

古墳横にはお地蔵様があり、その裏には、もしかして古墳から出た?ものが放置されています。



願昭寺2

境内には沢山の神や仏を祀っています。
良く分からない社もありますが、白龍神や八大竜王神も祀られています。



願昭寺 目白不動

今日、前から気になっていた願昭寺に参りました。
ここには最近五重塔が出来ました。
新築の木造建築です。
大阪で唯一の木造五重塔なのです。
大阪には四天王寺にも五重塔はありますが、鉄筋コンクリートです。

ここは目白不動尊でもあり、とにかく大きく立派なお寺です。