2012年8月19日日曜日

鴨山口神社2



神社の入口、大木の根元にお地蔵様と庚申さん?文字が彫られてるのかも知れないが、全く見えません。
それにしてもお地蔵様の屋根、傾いてます。
味がありますね。

鴨山口神社



葛城山麓の扇状地、櫛羅大湊に位置する本社は、古くから朝廷に皇居の用材を献上する山口祭を司った由緒深い神社であります。
祭神は、大山祇神、大日霊命、御霊大神、天御中尊をお祀りしています。
「延喜式神名帳」には山口社は十四社あるが、その内葛上郡の鴨山口神社が本社であるとされており、即ち式内の大社として格式の高い神社であります。
本殿は、春日造桧皮葺(八尺に七尺)であり、拝殿は、瓦葺(五間に二間)であり、本殿に安置されている大日霊貴命坐像、御霊大神坐像は国の重要文化財に指定されています。

という事です。
ここは前から来てみたかった神社。
いつも横は通ってたんですけどね。
そして思った以上に境内は広く、由緒正しい神社であった。
来てみて良かったです。

吐田神社

ついさっき行って来ました。
いつも横を通るのですが、一回も参拝した事ありません。
国道309号線沿いで通り過ぎるのみです。
ずっと前から気になっていたので、今日は参拝しに行きました。
参道も鳥居もない小さな神社です。
でも参拝出来て納得しました。
空の青が眩しいです。



2012年8月18日土曜日

身方塚・寄手塚



千早赤阪村営の墓地となっている一角の両端に、身方塚、寄手塚と呼ばれる2基の五輪塔がある。
楠木正成が赤坂城の戦で戦死した、敵・味方の将兵の霊を弔う為に建てたと伝えられる。
味方(身方)の塚より敵の塚を大きく作り、敵とよばず寄手塚と名付ける等、忠義だけでは無く恩情厚く奥ゆかしい正成の人柄が伺える。

という良いお話なのですが、これを探すのにかなり一苦労。
下の駐車場に車を置いて、案内をみると0.2kmとある。
くそ暑い中をとにかく歩く。
千早赤阪には20年住んでいたが、結局1度も訪れた事がなく、一度来てみたかったのです。
それで駐車場から歩くのだが、行けども行けどもそれらしい看板もなければ石碑、五輪塔もない。
10分は歩いたところで、道を間違えた事を確信。
0.2kmと言えば200m。
足の速い人ならば20秒で行き着ける筈。
仕方がないので行った道を戻る。
駐車場に近づいた頃に丘の上に墓場があるのを確認。
そちらに行くとやっと看板があったので、めでたく辿り着いた。
寄手塚の石の下は完全な空洞で、まるで井戸の様です。
五輪塔の下には何らかの遺物が埋められてそうなものなのですが、これでは役を果たしていません。
それとも井戸?の下に何かあるのか?

そして大失態。
身方塚を見つけずに帰ってしまった。
寄手塚を見つけたのと、あまりの暑さに失念してました。
という訳で、また来ます。

御旅所北古墳・御旅所古墳



前からちょっと気になっていた千早赤阪村の御旅所古墳へ。
これが良く分からない。
どれが御旅所古墳で、どれが御旅所北古墳なのか?
インターネットで調べた場所へ行くと、確かにここだという場所なのだが、看板も何もない。
インターネットで石棺の写真もあるのだが、それらしきものもない。
幾体かの神仏が祀られている。
その後ろにこんもりした小さな山?これが古墳ではないかと思われる。
もしそうだとしたら、6世紀頃のものらしい。

2012年8月16日木曜日

藤原京4



写真の様に、草地の中に真っ直ぐのラインが存在する。
それが幾つもある。
もしかしたら、この地面の下に、ラインに沿って遺構が存在するのかも。

藤原京3



ここには大極殿院閣門があったらしい。
一応朱色の柱を立てているが、中途半端である。
平城京の様には行かないね。
どうやら発掘中の様だ。
東に天香具山が良く見える。
西には畝傍山、北には耳成山も良く見える土地である。
大和三山の中に位置している。
とにかく広い。

でもこれだけの土地があれば本当は転売すれば橿原市も潤うんでしょうが、そうも行かないでしょうね。