『古事記』の下つ巻に登場するのが初出である。
雄略天皇4年、雄略天皇が葛城山へ鹿狩りをしに行った時、紅紐の付いた青摺の衣を 着た、天皇一行と全く同じ恰好の一行が向かいの尾根を歩いているのを見付けた。
雄略天皇が名を問うと「吾は悪事も一言、善事も一言、言い離つ神。
葛城の一言主の大神なり」と答えた。
天皇は恐れ入り、弓や矢の他、官吏たちの着ている衣服を脱がさせて一言主神に差し 上げた。
一言主神はそれを受け取り、天皇の一行を見送った、とある。
ここがその場所だと言う。
ここは金剛山だが、隣の葛城山とは尾根続き。
昔はこの金剛山も葛城山だとか、南葛城山と呼ばれていたとか。
この辺一帯は葛城の地、というか、葛城氏の縄張りだったのでしょうね。
因みにこの神社は比較的新しい。
僕が中学生の時はなかった様な気がする。
雄略天皇4年、雄略天皇が葛城山へ鹿狩りをしに行った時、紅紐の付いた青摺の衣を
雄略天皇が名を問うと「吾は悪事も一言、善事も一言、言い離つ神。
葛城の一言主の大神なり」と答えた。
天皇は恐れ入り、弓や矢の他、官吏たちの着ている衣服を脱がさせて一言主神に差し
一言主神はそれを受け取り、天皇の一行を見送った、とある。
ここがその場所だと言う。
ここは金剛山だが、隣の葛城山とは尾根続き。
昔はこの金剛山も葛城山だとか、南葛城山と呼ばれていたとか。
この辺一帯は葛城の地、というか、葛城氏の縄張りだったのでしょうね。
因みにこの神社は比較的新しい。
僕が中学生の時はなかった様な気がする。
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